一匹のしましまの猫が、ここではない場所を求めて旅をする物語、「しましまの町」。
この絵本は、陶芸作家の前川幸市さんによって描かれました。
何にもこだわらず、自然で自由な感性で描かれた、出会ったことのないユニークな個性の動物たち。
そして、飾らず伝わりやすい平易な言葉が、私たちのイメージの扉をゆっくりと押し開いて
不思議な旅へと誘ってくれるような絵本です。
今展では、その本の中から飛び出した陶の猫や動物たち、
どこでもないような、どこかのような異国の町並みなど、
前川幸市さんならではの多面的な創作の世界をお楽しみいただきます。
春の一日、「しましまの町」に足を踏み入れて、町のすてきな住人たちに出会う旅に出てみてはいかがでしょう。
*会期中、有志による『しましまの町』の読み聞かせを企画しています。詳しくはこちら をごらんください。
聞き手◉平岡京子(vow's space)
前川幸市さんの工房は、滋賀県甲賀市信楽の森の中にあります。森の中の土の道、左右には背の高い樹々、その先に見えるのは、前川さんが手づくりで建てた二棟の工房。建物の正面の大きな樹を思わせるようなデザインが、自然の中に溶け合っています。
信楽に生まれ育ちながら、子どもの頃は生まれた町が嫌で仕方なかったという前川さん。広い、ここではない別の世界が見たいといつも思っていました。高校卒業後、生まれ育った町を出て大阪で学生生活を送り、やがて友人の住むアメリカへ。アルバイトでためた資金で、友人と一緒にバイクでの北米大陸横断の旅に出ます。この旅が、前川さんの人生を変えました。「スケールの大きな自然に出合い、とても感動したんです。その感動を自分の中に吸収して、昇華し、何かをつくりたい。ごく自然に、自分も何かを表現したいと思うようになったんです。帰国して信楽に戻ったとき、この場所は、何かを表現するのにぴったりの場所だったんだ。そう気づきました。まるで『しましまの町』のお話、そのものだな」と笑顔を見せました。
帰国後、陶芸家の父に修業をさせてほしいと頼み、家業を手伝いながら陶芸を学ぶ生活を始めます。家業としての陶芸を学びながら、同時に元多摩美術大学教授の故 三澤覚蔵氏に師事。三澤氏のそばで付き人のような仕事をしながら、陶芸だけではなく幅広いことがらを学んだと言います。「陶芸に関する技術的なことだけではなく、生き方についてまでも、一緒に居ると感じ取らせてくれる人でした。芸術とはどういうことか、自然、宇宙、人の脳の構造まで。人はどうしたら感動するのか、そういうことを理論的に教えてくれたんです」。結局、実家での修業生活は10年間に及びました。
2004年、前川さんは結婚と同時に現在のような創作活動を中心としたスタイルで仕事をするようになりました。日本ミツバチを飼い、ネコを育て、朝から夜が近づく時間まで、森の中の工房で作品作りに没頭しています。「冬は木を倒すところから自分でやって、材木にして、薪にして、工房のストーブにくべるんです。怖いですよ。大きな樹なら、倒れるときに、どーんと音がするんです」。
多くの人が魅了される、前川さんがつくる自然で生き生きとした動物たち。動物たちをモチーフに作品をつくるようになった理由を尋ねてみると、「動物をつくるのは、つくりたい気分とかじゃない。僕にとって、動物が昔からすごく身近だったからだと思う」と答えてくれました。そういえば、仕事場での前川さんは、まるで子どもが粘土遊びをしているように気持ちよさそうに作品をつくっていました。その様子は、悩んだり、迷ったりもしていないように見えました。
「(作品の)手直しは絶対にしません。一発でつくる。顔をこうつくりたいとかも思わない。ただ無心でやってる。出来上がったときに、こいつ悪そうやな、とか、べっぴんさんやな、とか気づくんです(笑)。何でもつくりたいと思ってるんです。どんな事をやっても、何をつくっても、僕の作品になる。そんな風になりたい」。
最後に、今回初めて絵本を描かれたことについて伺ってみました。「僕にとっては、子どもの頃からものをつくることは日常だった。小さいときから、ほかの子よりもたくさん土を触ってたしね。でも、絵は嫌いだったんです。下手だったしね。ただ、いつか本を書きたいとは思っていました」。造形を始めてから、絵を描くことも、造形と同じような感覚で出来るようになったと語る前川さん。
「今回の本も、平面的じゃなくて、どこかを歩いているような感じなんです。(自分の中では)立体と平面が同じ感覚なんやね、たぶん。絵から出てきたこの子たちが焼き物になっていても、何の不思議もないような感覚です。絵本に登場させた町は特定の場所ではないけれど、これまでの旅で行った事のある国々の景色なのかもしれないなあ、とも思います。これまでのすべてが、無駄にはなっていないということですね。感動というか、結果的に(見る人に)喜んでもらえるのは、多分ほかにないもん、見たことのないもんをつくるからだと思うんです。これ知ってる、見たことある、では感動なんかないと思うから。今回の作品展でも、絵本から飛び出してきた立体、それは見たことのないもの。だから面白いんだと思います」。
頭の中を自由にして、常識にとらわれずに
しましまの動物がいてもいいんじゃないか?
青い動物がいてもいいんじゃないか?
水玉の町があってもいいなぁ・・・って。
そんなふうに『しましまの町』は生まれました。
『しましまの町』を通して、たくさんの方と
つながる事ができれば嬉しいです。
前川幸市
*今展リーフレットより